ベテラン中年、現在も恥かき・失敗続行中。でも楽しい。

エッセイなぞというものは
何らかで功成り名を遂げたお方が書くモノではないか?
現在は、言葉を紡ぐ個人事業主としてSEOなるものに翻弄され
だいぶ中年かつ独身、おまけに今や実家暮らし。
両親にとっては二番目の娘で、姉にとっては妹。
二人の姪にとっては叔母というポジションしかない。
そんなワタクシが、わざわざレンタルサーバー代を払ってまで
己のエッセイを発信する場を設けるとは。
日々のよしなしごとを吐露するツールとしてはインスタを用いているが
現在フォロワー数100名弱。
いいね!は0だったり、よくて5程度
(しかも古巣の元お偉いさんか元同僚という定メンバー)だったりとか
アカウント力激弱も激弱。なのに、である。
まだ病気が治ってないのか、新たな病気になってるんだか。
己のココロが波立てば即動く。という行動パターンは良いことだけではない。
人間失格の葉蔵じゃないが
「恥の多い生涯を送ってきました。」を地でいき
生涯と振り返るほど自身の中で熟成されないあれやこれやを抱えたまんま
気づけば人生100年のだいぶ沖まで来てしまった。
案件0のフリーランス=無職=時間だけはある。

エッセイサイト立ち上げを思い立ったのは、フリーになって今年で丸5年。
そこそこ順調だった仕事に昨年末辺りから暗雲が立ち込め、加えて、若干の体調不良からやる気も一気に低下。かつて出したことのないようなミス連発とか。
長らくお世話になったクライアントからは
「次のお仕事でもご一緒できる日を…」など
ありがたいお言葉をいただいたが、これを信じるほど能天気でもない。
案件0になった原因は、AIの台頭も無関係ではない。
だが今回は、ワタクシの人生で何度かやってくる“強制終了”の意味合いが強い。
あんまりスピリチュアルがどうこうは言いたくないが、執着しようとすると
いきなりハシゴが外されるというよりぼろぼろ崩れていく状況に陥るのは、昔も今も変わらない。
案件のないフリーランスは無職とどう違うのか?
ただし、今のワタクシは世間様から“こどおば”などと見下されている実家暮らしだ。
しばらく仕事が途絶えたとて、雨露しのげるどころか三度の食事にも困らない。
なら、売るほどある時間はこれまでできなかったことに割いてみよう。
一旦、実務案件探しはついででいい。求人同様、ないときはないし
何をアピールしようが決まらない。
どうせなら、よそ様のところでちまちま書いて、少ない反応に気を揉むことなきよう
自分でイチからお城を作りあげちゃおうと
これまで書くだけだったWordpressでカスタマイズにも挑戦した。
素人丸出しの仕上がり。でも、出来上がったいびつな城は、それはそれは愛おしい。
令和の橋田壽賀子になりたいわけではない。

「地獄に仏はおりません。」
これは、我を通しちゃ痛い目に遭っているワタクシの実感に基づいたもので。
(地獄じゃ自分も“仏”になんざなってない、という自覚はある)
(なんだろう、この懐かしい感じは…)となったのは、国民的ドラマ「渡る世間は鬼ばかり」ですよ。
…って、実はあの世界観、まったく好みではなく。放映時には拝見しておりません。
とはいえ、やらかした挙句ワタクシが確信したモノなんで
“だってしょうがないじゃないか”なんである。
とりあえず書きたい欲を満たしたいもんで、サイトは
- 宣伝なし
- アフィリエイトなし
- メッセージ欄なし
- 問い合わせフォームなし
アルゴリズムやら検索上位がどうとか、一切無視。来るもの拒みまくった城をネットの大波小波にそっと放流とか狂気の沙汰。
エッセイにつきましても
「心が揺さぶられる感動巨編」
「胸がきゅっとなる恋、あるいはドロドロの愛憎劇」
「特定政党や著名人への過激な毒・攻撃」は
個人的に好みははっきりしていても一切ございません。
ふらっときてニヤッと読み、さらっと立ち去る。を希望。

(どうせ私なんか)は捨て去ったワタクシとて
「…ふふっ、そんなこともあったわね」などど
達観やゆとりある中年へと熟成されたワケでなし。
まして書きたい欲に任せて放出しているのは
“何者でもないただの中年女性”による日々のあれこれだから考察どころか感想もいらない。
だから、偶然でもここまでたどりつき、読んでいただけるのなら
「ああ、まあ、そうね」くらいの熱量でおつきあいいただけるとありがたい。
生きていけば宝物だけでなく、またゴミや垢にもまみれていく。
この場はガラクタを捨てながらもなんとかやっていく、誰に向けるでもないワタクシなりのご挨拶といたします。
